extra

伊藤ふみや

ちっちゃい日

 年に一度、カリスマの皆さんは幼児化する。中身だけとかじゃなくて見た目もだ。凡人である私にはもちろんそんな効果はなく。都合がいい、ということでこの日ばかりは私が皆さんの家政婦兼先生役となっていた。

「ふみやくん、お膝乗る?」

 下心からの提案だったが、意外にも頷かれる。

 のそのそ…と近づいてきたので、脇の下に手を入れてよいしょ、と持ち上げるとふみやくんはどこかぼんやりとされるがままになってくれていた。

 ねこちゃんみたい、と思いながら膝に乗せる。ぽすん、と収まってかわいい。胸を枕に、遠慮なくもたれかかられる。上機嫌なのだろうか、足先が軽くぷらぷら揺れている。落ちてしまわないよう、軽く抱きしめるように腕を回す。

「ねえ、なまえ」

 みんなは私のことをせんせい、と呼ぶのだがふみやくんはどうしてか小さくなっても名前で呼んでくるのだ。

「なあに、ふみやくん」

 見上げてきてかわいいな、と思っていたら、


「ちゅーして」


 反射的にむせる。どこで覚えてきたんだ。

「えっ、ちゅ、ちゅーかあ……」

 いいのかな、と思いつつも露出した丸いおでこにちゅ、とするとふみやくんは唇を尖らせ不満げな顔をしていた。

「……」

「えっと……」

「そこじゃないよ。大人ならわかるだろ」

 ふみやくんはもういい、と言いたげに立ち上がるとちっちゃい足で私の足をちょっと踏みながら(痛い!)こちらに振り返った。機嫌損ねちゃったかな、と思っていると、小さな手が伸びてきて頬に触れられる。

 あ、と思う間もなく口付けられ目を丸くする。

 この状況に気付いたみんなの囃したてる声と理解くんの言葉にならない声、それから天彦くんのエクスタシー!の叫びがどこか遠くに聞こえていた。

 一人前にちゅ、とリップ音を立ててふみやくんが離れていく。

「あまい」

 ぺろ、と小さな舌で舌なめずりをするふみやくんに釘付けになっていると、


「俺のはじめて奪った責任、とってね、"せんせい"」


 子どもらしからぬ、蠱惑的な笑みにくらくらしてしまう。

 元に戻ったときどこまで覚えてるのか、覚えていたとき私は一体どうなってしまうのか。

 集まってきたみんなの声はまだ遠くに聞こえている。


221025 名前で呼ぶのは名前さんのことを一人の女性として見ているからじゃないでしょうか。